Internet Killed the Radio Star

昨日LFの塚越アナが亡くなったのを知って、「ネットメディアはラジオができていたことをなにもできていない」ということをずっと考えている。

ラジオができたこと、それは発信者と受信者の信頼関係に尽きると思う。
放送(broadcast)という意味ではテレビと同じ扱いになるけれど、テレビがメディアである一方、ラジオはメディアと言える。
これは単に映像の有無の違いではなく、例えば使われるマイクの指向性やスピーカーのクオリティなど受信機のハードに規定されて組み上がった文化かもしれない。
ラジオの発信者(パーソナリティ、アナウンサー)は受信者(リスナー)に語りかけと耳を傾けることに努めている。
ハガキや電話やファクスやメールで発信者宛に反応を寄せ、発信者はそれを紹介して関係を深めていく。
そこにある信頼関係はテレビもネットもまだ構築できていない。

発信者と受信者のコミュニケーションはテレビよりもネットのほうがラジオ的に秀でているかもしれない。
例えば有名人によるブログはその一定の役割を果たしている。
ただ、発信者と受信者の信頼関係は構築できているだろうか?
発信者は「今日は○○を食べました」「今日のファッションは~」などテレビ的な発信が多い。
また、コメント欄は常に監視され、発信者本人ではない人によって削除されることがあたりまえになっている。
これはアメブロがはじめたことで、アメブロは急成長の一因であることは事実。
同時期にぼくは別のブログサービスを担当していたが同じ要請が上からあったもののこれを拒んだ。
その理由は、コメントの良し悪しを発信者ではない我々が判断することはできないことと、なにより削除という行為は発信者と受信者との信頼関係において適切とは思えなかったからに尽きる。

Wikipediaでの塚越さんの記述に「フジテレビアナウンス室塚越孝宛」で手紙をくださいとこだわっていたとのこと。


塚越孝 - Wikipedia
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%9A%E8%B6%8A%E5%AD%9D



これこそその信頼感。
受信者が発信者を信頼する以上に発信者が受信者を信頼していないとできないこと。
塚越さんの元後輩社員としても、その問いかけをしっかり胸に刻んで自分の仕事を進めていきたい。

ご冥福をお祈りします。
by champlasonic | 2012-06-28 00:06 | web/technology

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