プリンスが死んだ - ぼくにとっての80sとロックのアイコン

むかしから「どこの国に行きたい?」と聞かれたら「80年代のアメリカ」と答えている。
そう言って思い浮かべているのはミネアポリス、プリンスのプロモーションビデオ、そして映画「パープルレイン」にでてくる景色。

プリンスのことを知ったのは84年、13歳のとき。
当日KBS京都テレビで襟川クロさんがパーソナリティを務めてた「ヒポポタマスストリート」という音楽番組だった。
当日ムーブメントとなっていたMTV、日本でいう「洋楽」のPVがたくさん放送された。
その中で最大の衝撃だったのが、Princeの"When Doves Cry"、伝説的な邦題「ビートに抱かれて」だった。




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このジャケットを手にしたのはそれからだいぶ後のこと。
この番組で「ビルボード誌でNo.1になった」と紹介されてオンエアされたビデオが衝撃的だった。

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頭チリチリで体ガリガリで胸毛モシャモシャな爬虫類みたいなオッサンが、バスタブから全裸で出てくる。
「なんでこんな気持ち悪い曲が一位になんや!?」

昭和のいなかでたいした刺激を受けずに育ってきたぼくにはなにがなんだかわからなかった。
最初はとにかく映像が強烈すぎて受け付けなかったけれど、その後FMで聴いたときにゾクゾクとしたなんとも言えない感じに襲われてしまい、それからずっとこの人の虜になった。

当時の正直な印象は「あんなにブサイクなのに音楽は天才的。それがナンバーワンの評価がされるアメリカって凄い!」という、いま思えば殿下にたいへん失礼なものだった。

のちに「プリンス&ザ・レボリューション」となるが、世の中に独自の価値観(音楽、思想、言動、ファッション)で挑み、その色(パープル!)で染めるのはまさに革命的だった。

それ以降「ロック」「ロックンロール」という言葉に何度も遭遇したけれど、自分の中でのロックンロールとはプリンスだった。

この15年後「ビートに抱かれて」という邦題をつけた人の部下になったのも偶然とはいえ人生における妙な巡り合わせ。
そこで「洋楽」の仕事でさせてもらったのは幸せだった。
あの時プリンスと出会えなければいまのぼくはいないと思う。

思えばプリンスの作品には「死」へのメタファーが籠められたものが多い。
訃報を知ったのはめざまし時計がなって枕元のiPhoneでニュースサイトを開いた時。
訃報への驚きとともに脳内で再生されたのは"When Doves Cry"ではなく同じアルバムの3曲あとの"I Would Die 4 U"だった。

No need to worry
No need to cry
I'm your messiah and you're the reason why

ラブソングだけどミュージシャンとリスナーの関係にも置き換えられる。
とはいえホントに死ななくてもよかったのに…

まさにThe Artist formerly known as Princeになってしまった。
いつかミネアポリスに行きたい。





by champlasonic | 2016-04-22 07:01 | music | Comments(0)

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